初めて能勢樹液採集〈後編〉
 
初めての能勢樹液採集 〈後編〉
2004年 7月10日
     
車に乗り込み移動、しかしさほど時間はかからなかった。着いたところは同じ地域のエリアらしい、どうやら谷筋の違う場所のようだ、時刻は午後5時を回っている、身支度を整え、早速奥を目指す、ここは結構奥が深いようで、道は若干急勾配なものの比較的幅広く、辺りは開けていて山頂付近まで登れるらしい、しばらく登って行くとあちこちに台場が現れ出した。皆それぞれ思い思いに捜索開始、私も雰囲気の良さそうな木を見つけてはそっと近づいて調べたり、道から離れ斜面を登り、或いはこれはという木、ウロがある木などは入念にチェックしていた。すると上部2m位の位置に洞が空いており、周りに黒々と樹液痕が確認できる良い感じのクヌギを見つけた。「これはいけるかも知れない…」木登りは得意ではないが、これを逃しては…意を決して思いきって登ってみることにした。しっかりと軍手をはめ、枝に手を掛け、幹に足を当て、気合い一発「よいしょっ!」そしてもう一歩、「それっ!」…目の前にポッカリと空いた洞が広がった…そこには満ち溢れんばかりの水が溜 管理人のワイルドオオクワ採集記/04能勢前編2
 
まっていた。そう、私が樹液と思った黒くしみ出た痕は樹液ではなく雨水だった。やれやれ・・・。そのようにして私なりに精力的に探したのだったが、気がつくと付近には誰も居なくなっていた。夜の帳が徐々に迫ってきて、寂し気な山間に独り取り残されてしまった思いもが頭を過ったが、その後も懸命にあの黒い姿を追い求めた。しかし、樹液と雨水を間違えるような私の前には、その姿は現れてくれなかった。みんな何処へ行ってしまったのだろう…道まで降りてきたが誰の姿も見えない、少し上に登ってみたが、人の気配が無いので、今度は下って行ってみる事にすると、山本さんが現れた。「どうですか?」「いや〜…ところで仲さん見ませんでした?」彼は仲さんと一緒に探していたようだがが離ればなれになってしまったらしい、上の方へ行ったのではないかという事で一緒にもう一度登って行く事にした。しばらく登って行くが全く仲間の姿は見えない、山本さんはやはり下ってみると言うので私一人で登って行ってみる事にした。辺りは徐々に夕闇が迫ってきている、いわゆる夕間ヶ時である、人の活動する時間から獣たちの活動する時間へと山は変わろうとしていた。この時間帯、やはりオオクワガタも活動を始める、採集にとってもプライムタイムと言える。と、誰かが下ってくるのが目に入った。やや疲れた足取りでやってきたのは本誌プレスのWさんだった。「どうですか〜」「いや〜、Nさんたちと一緒に上の方まで登ったんだけど…」N氏と谷口さんはさらに山の斜面に入って探しているらしい、今のところ捕れてはいないようだ。「上へ行ってみましょうか…」ということになり、Wさんと二人でゆっくりとで登りだした。途中、立ち枯れた木が現れるがどれも表面を削られて無惨な姿になっている、古くから採集圧の高い場所だけに、これもオオクワ文化の歴史の爪痕かも知れないが、棲息環境存続の為にもこれ以上増やしては欲しく無いものだとつくづく思う。陽もかなり傾いてきたせいもあって、辺りは薄暗いうっそうとした雰囲気になってきた、そんな中、強烈な樹液臭が漂ってきた、みるとそこには見事なまでに大量の樹液が流れ出ている台場があった、これ程の木を見たのは私は初めてだった。これもまたここ能勢の豊かさの表れだと実感した。早速チェックしてみる、が、目立った大きなウロや洞は空いていない、小さなウロはいくつか空いていて中にはコクワやスジクワがいた。ちょっと申し訳ないが、練習にと私はそれらをかき出し棒でウロから出したりしていた。「なかなか上手いですね〜」とWさん、調子に乗って私も次々とウロの中を探してコクワたちと遊んでいた。「おったー」!!!何処からともなく山に響く誰かの叫び声に私たちは我にかえった。「何!」しかもすぐ近くからだ。よもやそんな近くに他に人が居るとは思いもしなかったのでかなり驚いた。そしてその声がN氏のものだと気付くのにさほど時間はかからなかった。「Nさん?」「どうしたの〜」「オオクワ〜?」「何処〜」声のする方へ、と言ってもほんの10数m上の山の斜面にN氏は居た、すぐ近くに谷口さんも居る、急いで斜面を駈け登ると一足先に着いた谷口さんがそれを手渡されていた、そして「でかい!」と叫んでいる。「どれどれ〜」薄暗い中、谷口さんの手の中に納まっていたそいつはパッと見ただけでも70mmは超えていそうなオオクワのオスだった。「うわっ、でけ〜」「すげ〜」「Nさん、これはでかいよ!」私たちの興奮はしばらく覚めやらなかった。「何処に居たの〜」、採集木は傍らにある台場だとすぐに判った、樹液が出ていて大きなウロも空いている、N氏によるとその木に目をつけ、最初にライトを照らした時にはスズメバチが居たそうだ、近付いて裏から回り、再度そっと赤色ライトを照らすと黒い影が上に向かって猛スピードで逃げていくのが見えた、直感でオオクワだと判断し、すかさずジャンプ一発、そいつを捕らえたそうだ、間一髪で遅ければそいつははるか上の方のウロなどに逃げ、捕まえるのは至難の業だったろう。それにしてもこいつはでかい、ワイルドは捕った瞬間でかく見えるものだがそれを差し引いても… ノギスを当てるとなんと「73mm!」、「うわっ、やっぱでかいわ〜」「こんなのがおるんや…」能勢の凄まじさとワイルドの底力を見せつけられた。
 
管理人のワイルドオオクワ採集記/04能勢前編3 薄暗くなった山道、我々は充実した成果に気分も良く、疲れも忘れて足取りも軽く下って行った。そんな中一人Wさんだけは、疲れた表情と重そうな足取りでやや遅れてついて来ていた。確かにこのオオクワ樹液採集というものはかなりハードな運動ではある、特に盛期は暑さで吹き出た汗で頭からシャワーを浴びたように、全身びしょぬれになる程だ、体力もかなり消耗する、しかし、そうしてオオクワガタを手中に納めた時の満足感と達成感、歓びは何ものにも変え難いものがある。簡単なものでは決して無いが、チャレンジする価値は非常に高いと私は思う。
 
ふもと近くまで降りて行くと仲さんと山本さんが車で登って来た、私たちの車がある場所まで、それほど距離は無かったがWさんは限界のようで乗せてもらっていた。駐車場所で早速先程の獲物を披露すると、「うわ〜!」「でっけ〜」仲さんたちもさすがにたまげていた。時刻は8時近く、とりあえず彼らの地元神戸まで下ることに、実はこれはお決まりのパターンで、神戸の灘に彼らメンバーのドンである中迫さんがレストランを営んでおり、夜にはそこへ行ってクワガタ談議をしながら夕食をするのがまた楽しみでもあるのだ。
山を離れ三田市を抜ける、「こんな山間にこんな街があるのか…」初めて見る風景に私は旅行気分である、やがて六甲山を登り「以前デートに来たものだ…」などと思い出にふけりながら下って行き灘に入る、1時間程の行程だった。学生街らしく若い人通りがとても多い、小洒落たブティックなどが立ち並ぶ中、中迫さんの店「フリーダム」があった。時間は9時過ぎ、通常は営業終了しているらしく、看板は消えていて、他の客も居なかったが、明るい店内で気さくな中迫さんが私たちを暖かく迎えてくれた。「どうでした〜」「3頭捕れました!」「そら凄いですね…」充実した成果に大いに話も盛り上がる、自分たちで捕ったオオクワは何度見ても、いつまで見ていても見飽きないものだ。そしてシェフ中迫の心づくしの夕食に舌鼓を打ちながら、様々なクワガタ談議に花を咲かせ楽しい夜は更けて行った。話は本当に尽きなかったが、午後11時「そろそろ行きましょか?」と中迫さん、「そうですね、行きましょう…」そう、これから第2ラウンド、再び能勢に向かい夜の採集である。これもお決まりのパターンなのだ。それにしてもタフなつわもの揃いだ、だが遊びというものはこうでなくては…。
 
フリーダムを後しにて、再び六甲山を越え1時間程かけて山に戻った。コンビニによって車外へ出ると結構涼しかった。街灯の下などをチェックしてみたがクワガタは見当たらなく、飛んでいる虫も少ない、もう少し蒸すような雰囲気の方が期待できるのだが果たして…、「どうやって行きましょうか?」「○○からにしましょう。」ルートの相談が決まった。向かう先は…、そうあの有名な「阿古谷」である。数多くの有名個体を輩出し、マニア羨望の的である「阿古谷産オオクワガタ」それらを育む場所とは如何なるところなのか、いまこれから確認できるのである。 管理人のワイルドオオクワ採集記/04能勢前編2
 
程なくして到着した場所は昼間に見なれた景色、田があり隣接して山の斜面といった取り立てて珍しい感じのところではなかった。一般に「阿古谷」と良く言われるが、正式には「上阿古谷」「下阿古谷」という2ケ所からなり、単に「阿古谷」という場所は存在しないようだ、早速、着替えて準備を整え、懐中電灯の灯りを頼りに暗い山の中へと向かった。しばらくは林道というよりは獣道のようだが、一応は道という感じの人が通過した跡があるような行程だったが、やがて険しい斜面になると深いブッシュが行く手を遮り、非常に困難な行程になってきた。背丈程もある薮と急な斜面、思いのほか進むのに時間を要した、先程までの涼しさが嘘のように蒸し暑い、そのようにして幾らか登ったところで、先頭を行くN氏が突然立ち止まった、見ると薮の中から立派な台場が聳えていた。こんな所に有るのか…見ると周りにも台場が点在している、念入りにチェックをしながら先へと進んだ、時折ノコギリが樹液に居るのが確認できるがそれ程多くは見当たらない、やはり今夜は少し涼しいのかも知れない。しばらくは1列に並んだ状態で登っていたが、徐々に辺りが開けた感じになってきて、みんな方々に散らばって各々木を捜索しだした。それにしても昔の人たちはよくこんな斜面に台場を作って木を切り出したものである、それら先人たちの置土産を私は感慨深く観察していた。この辺りは比較的斜面も緩く、木もまばらで日中は陽当たりも良さそうだ、さすがに阿古谷、オオクワガタの棲息環境には恰好である。「きっと居るはずだ。」と思うと捜索にも力が入り見る目も違ってくる、と、やや高い位置にウロが有る木が目に入った、そっと近寄りライトを照らすと黒い影が確認出来た、「クワだ!」瞬間奥の方へ入っていった、「これはひょっとして…」体勢を立て直し、静かに木に足を掛け、高鳴る胸を抑えながらもう一度ライトを照らす…が、残念!コクワだった。やがてあちらこちらで「でかいコクワだ」とか「小さいノコや」などと賑やかな声が聞こえだしてきた、みんなじつに楽しそうだ。いい年したいい大人が真夜中に、ライト片手に虫を見て一喜一憂する…、現代社会の中こんなピュアな時間を過ごせるのは、とても有意義な事だと私は思う。どれくらい時間が経ったか、そういえばN氏の姿が見当たらない、みんなの声も聞こえなくなった、「どうしたんだろう…」少し登っていくとすぐに仲間の姿が確認出来た、近づいていくと皆静かにして上を見ている、そこにはひときわ大きな台場があり、上を見上げると人影が…N氏だった。私たちがコクワだのとはしゃいでいる間、彼だけはオオクワの姿のみを追っていたのだ。その木はこれまでにかなりの採集実績が有るらしい、2m半程の高さのところが台場になっていて、かなり複雑に入り組んだウロが数多く空いている。私が気付いた時点で、すでにかなりの時間を費やしてチェックしていたようだった。なおも丁寧に様々な方向からライトを当て念入りに捜索をくり返していたが、目的の黒い姿はなかなか見当たらないようだ。N氏も「う〜ん…」と思わず声がもれる、予想外に苦戦しているようだ、「今日は留守か…」、そして彼はやや木を降りたところで今度は下方からライトを照らし、ウロの樹皮側をチェックしていた。すると彼は静かに「こんなところにおったか…」と言った。「えっ、おったの!」「オオクワ!」「おった〜?」みんな口々に近寄って来た。程なくして「捕った!」とN氏の声が響いた。「オス〜?」、「オス、オス、落とすで取って」と、しかし私は受け取り損ねてしまい、少し焦ったが、すぐに谷口さんが見つけてくれた。「お〜!」「やった〜」「これは立派。」「太いね。」「おめでとう!」「おめでとうございます!」皆彼と握手し、その成果を賞賛した。計測してみると62mmの太い長歯型だった。「これがあの阿古谷のオオクワか…」私の目の前には正真正銘、つい先程まで木の中に居た、まさにワイルド、マニア垂涎の阿古谷産オオクワガタの姿があった。オオクワガタ愛好家の方は全国に大勢いて、また、阿古谷産オオクワガタに憧れの念を抱いている方も多いと思う、実際にワイルドを目にした人は稀にしかいないだろう。そんな中、このような機会に巡り会えるとは、とても幸運な事だと思うし、このような巡り合わせ、そして友人N氏に私は大いに感謝した。
感動と興奮に酔いしれながら私たちは山を下った、時刻は午前3時半を回っており、直に空も明るくなりそうだ。身体は非常に疲れていたと思うが、心は充実感で一杯で疲れを感じさせなかった。「お疲れさま。」「また、来ましょう!」「お気をつけて…」今回のこの採集行で貴重な神戸の仲間が出来た事は、私にとってオオクワガタ以上の収穫であった。陽気で気さくな彼らと楽しい時間を過ごすために、また是非ここを訪れよう…、私はそう誓って山を後にした。
 
 完