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滋賀県琵琶湖近隣 早春の樹液採集 | ||
滋賀県琵琶湖近隣 早春の樹液採集
2004年 4月17日 |
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登山やスキー好きの両親の影響からか、幼少の頃より根っからのアウトドア派の私は、物心がついた頃よりスキー、釣りなどいわゆるアウトドアスポーツに親しんできた。学生時代は山岳部にも所属し、友人たちと様々な場所で釣りやキャンプを楽しんだ。成人、家庭を持ってからもずっとそんなライフスタイルを続けている。15年ぐらい前からは毎年恒例で夏期休暇に滋賀の方でキャンプを行っており、3家族から時には5、6家族、20人以上の大所帯で河原にテントを張り数日間に渡って泳いで、釣って、呑んで、食べて、寝るという実に気ままなバカンスを毎年楽しんでいる。その折、また幼少の頃より昆虫好きでもあった私は、夜間カブトやクワガタ採集にも出かけていた。キャンプを行う場所からしばらく山の方に入ったところに台場クヌギが今も多く残っている雑木林があり、そこでは鈴生りのカブト虫が樹液を吸う光景が見られるのだ。 | ||
数年前、あるきっかけで知人からオオクワガタのペアを入手し、ブリードを楽しむようになった。手探りでそのノウハウを模索し、様々な書籍やショップでオオクワガタの生態などに関する知識を得るうちに、例の滋賀の雑木林にもオオクワガタが生息しているのでは?という思いを抱くようになってきた。滋賀という土地柄は非常に自然が豊かに残っているところである。未だにタガメが生息し、琵琶湖を中心とした固有種も数多く生息している。人と自然との共生が保たれている場所も比較的多い。そしてその場所は豊富な台場クヌギに群がるカブト、そしてノコギリクワガタやコクワガタは生息しているが、ヒラタクワガタは採集したことがない。この場所には真夏にカブト採集にしか行っていないが、オオクワガタの採集目的でそれなりの気構えと装備を整え、初夏あるいは秋口などに行けばもしかしたら採集できるのでは・・・そんな思いが徐々に膨らんできていたところ、今回同行することになったN氏と出会ったのだった。 | ||
先にも述べたが私もまた幼少の頃より無類の昆虫好きと自負し、小学生時代は友達や先生から「虫博士」と呼ばれ、夏休みの研究は決まって昆虫採集という子供だったのだ。しかし、彼の幼少時代の話は私のそれを遥かに超越したものであり、虫との関わり方、思い入れなどを聞いた私は、大変な驚きと強烈な印象を受けずにはいられなかった。彼の経験、実績、オオクワガタへの思いなどを聞くうちに、ぜひ彼に「あの場所」に同行してもらい私の長年の思いを確かめたい、それが最良の方法だと思ったのだ。そんな私の思いに彼は快く賛同してくれた。私は彼に感謝した。やがて日取りも決まったある日、彼の口から思い掛けない言葉を聞いたのだ。なんと本誌も取材に同行したいということだ。場所を明かすような事はしないし、同行するのはプレス一人なので問題ないとの事だ。それは良いのだが、そんな大掛かりになっては、大した根拠も無い私一人の漠然とした思いに付き合わせて、記事にできるような結果が得られなかった場合大変申し訳ないと言ったのだ。しかし彼はそれでも構わないと言う。オオクワガタ採集の取材では捕れない事も良くあるらしい。とは言うものの、せめてもと下見をするために、私は初めて夏以外にそこを訪れたのだ。夏はブッシュも覆い繁っていてうっそうとした林なのだが、冬のそれは全く別の場所のよう、閑散としていてとても良く見渡せる。私は枯れた台場クヌギや立ち枯れの木、周辺の風景などを写真に収めて彼に見せたのだ。彼は嬉しそうにその一枚一枚を丹念にチェックし、ここは良い場所だと言った、そして「仮に居なくても本当に問題ないよ、でも必ず居る。」そう言いきるN氏の目は自信に溢れていた。 | ||
4月17日、午後2時半ごろ現地に着いた。このところ暖かい日が多く平地では25度を超える日もあったが、山間部であるためやはり平地よりは気温が低い。一月前に下見に訪れた時は日陰にまだ雪が残っていたくらいだ。この時期オオクワ採集といえば普通思い浮かぶのは材割り採集だろう。私もやった事は無いが以前はそういうものだと思っていた。オオクワガタの習性・生態からしても理に適った効率の良い方法かも知れない。だがN氏の採集方法はあくまで樹液採集である。それに於いてでもなるべく樹木を傷つけないよう、生息環境を壊さないように気遣っている程なのだ。そのポリシーに私は大変共感している。材割り採集はオオクワガタの生息状況を著しく悪化させる可能性がとても高い。時に一度で非常に多くの個体が採集できる事は、楽しい醍醐味かも知れないが、それによって個体数が激減してしまうのはしまうのは避けられないだろう。さらに産卵・生育・発生を担う腐朽木を破壊してしまう事も多く、ただでさえ生存個体数が大きく減少傾向にある種にとっては絶滅を招きかねないからだ。また、単純に自然保護という意味からしても、バラバラに崩された倒木が散らばる風景は美しいものとは言えない。これは私個人の意見であるし、他人に強要する事でもない。材割りをしてはいけないとまでは言わないが、行き過ぎた行為は自分達で自分達の首を絞める事に成りかねないので、節度ある行いをして欲しいものだ。気持ちにゆとりを持ってこそ大人の遊びではないだろうか・・・ 期待と不安の面持ちの中、作業着と長靴に着替え、早速見て回ることに、雑木林の中に点々と台場クヌギが存在している。その中でも大き目で、洞の空いたような木を中心にチェックしていった。所々に立ち枯れたものもあるが削られたような痕跡は全く見られない。少なくともこの場所には材採集者は訪れていないと言って良いだろう。反面、生息していないからだとも言える。N氏は静かに、だがとても早いペースで雰囲気のある木の洞やウロなどを入念に調べている。その眼差しは普段のにこやかさは消え獲物を追うハンターのような鋭いものに変わっていた。その後ろをプレスと私がやや遠巻きに続き、徐々に奥へと分け入っていった。多くの台場クヌギには樹液のしみ出た痕が黒くなって残っている。夏には虫たちの賑わしい酒場になっていたことだろう。だがこの時期、まだそこには虫たちの姿はなかなか見られない。しかし中には早々と樹液を出しているのだろうムネアカオオアリが無数に集っている木もある。そういう光景を見ると若干の期待も持てる気がしていた。 |
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私はオオクワガタ採集は今回がはじめて。ワイルド個体すら見たことが無い。自宅ではブリードした多数の個体を毎日見ているし、ショップに行けばそれこそ多くの個体を何時でも見ることができる。これ程沢山の個体を常時見られる国内産の昆虫は他にいないかも知れない。だが、同時にワイルド個体がこれ程まで希少な国内産の昆虫もまた、他にはいないのでは無いだろうか。幼少の頃、昆虫好きといえば殆どが甲虫好き、カブト、クワガタ好きである。私も身近なクワガタは殆ど採集し飼育していた。ノコギリ、ヒラタは近所の民家の庭に棲んでいたし、知り合いに連れられて行った岐阜の山奥では、一日で50個体以上ものミヤマを採集しクラスの仲間に分け与えた事もある。しかし、オオクワガタは昆虫図鑑の中でしか存在しなかった。遥か遠い存在、自分とは無縁の存在と思っていたのだ。成人し他の事への関心が高くなり、それ程虫に興味を持たなくなった時期もあった。黒いダイヤと言われたオオクワガタブームの時も私は殆ど無関心だった。その後入手したオオクワガタはその洗練されたフォルムで私を魅了し、ブリードの道へと引き込んだ。だが、私が幼少の頃夢中になった野生昆虫たちとは異質の存在だったのだ。 | ||
私が夏期にカブト採集に徘徊していたエリアはおおむねチェックして回ったが、N氏の目にキラリと光って写る存在の木は今一つといった感じのようだ。しかしここは台場クヌギが混じる雑木林がまだまだ広がる広大なエリア、探す場所は他にも沢山ある。そして、実は彼には気になる仕事がひとつ残っていたのだ。それはなんとカブトの幼虫採集。学校の先生に生徒たちのためにと頼まれていたものだ。とりあえずそれを先にかたづける事にした。シャベルを用意し程近くにある堆肥の山へ、手頃なところを慎重に掘っていくとすぐに丸まると太った幼虫が現われた。40匹位は欲しいということなのでせっせと掘る。ここは堆肥も広大に積んであり、これといってめぼしい場所はないので適当なところを掘っていくしかない。大きな倒木や切り株などでもあれば、それを除ければゴロゴロという感じなのだがそういった物が見当たらないのだ。結構疲れるので交代で地道に掘っていく、「何でこんなところまで来てカブトを・・・」N氏がぼやいている。そこそこ出てくるのだが、結局50匹程採集するのにかなりの体力と1時間程を費やしてしまった。のどもカラカラだ。少し下ったところにある自販機で冷たい飲み物で小休止。時計を見ると4時半をになろうとしている、残された時間は僅かしかない、早々に車に乗り込んだ。先程の場所を少し離れ、車を走らせながら木々を見て回る。それにしてもクヌギやコナラの多いところだ、これ程恵まれた環境の中、必ず居るはずだ、居ないわけが無い。ただ気になるのは気温、もはや上着が無くては居られない程冷えてきている。そんな季節に樹液採集?正気の沙汰では無いと思われても仕方が無い。実際一月早いと思うし、申し訳ないが今日は半分は下見のつもりだった。 | ||
付近をぐるりと回って先程の場所への戻り道、幅2〜3m程のクリークに差し掛かった時、N氏は不意に車を止めた。何か感じるものがあるのだろうか。あたりを見回している。そう言えばオオクワガタの生息地は水辺と深く関わっているようだ。有名無名を問わず、河川や湖、溜め池などの付近に多いのは事実だ。湿度や風通しなどといった要因が良い環境を造り上げているのかも知れない。そのセオリーが彼を引き付けたに違い無い。彼はクリーク沿いの道に静かに車を進めた。辺りは開けているが奥にはやはり雑木林が広がっている。その入口付近に橋が懸かっており、そこに車を止めた。先ずは左岸沿いを見て回る。と、早速素晴らしい台場クヌギが、夏にはさぞかし賑わしそうだがこの時期やはりひっそりとしている。他の木々もひと回りチェックしたがちょっと開け過ぎている感じだ。右岸の方へ移動することにした。やはり今日は無理だろう・・・私とプレスは実はこの時点でほぼ諦めていた。N氏はだが、あのハンターの眼差しのまま、いや、さらに厳しい目つきになっていた。木から木へ、ひたむきにチェックをくり返す彼を見ていると、私はなんだか申し訳ない気持ちで一杯になってきた。なおも奥へと進む、この辺りは植林した杉林いわゆるモノカルチャーと雑木林が隣接している。ネブトでも居そうな感じの場所だ。或いはこれもまたセオリーなのかも知れない。付近には幼虫が入って居そうなカワラタケやニクウスバタケが着床した良い感じの立ち枯れもある。私とプレスがそれらに気を取られていると、N氏は姿が見えない程先へ進んでしまっていた。彼は遠目から見て、枝振りで瞬時に木の大きさを判断し、ターゲットとなる木を定め静かに近づいて行くのだ。慌てて私たちも後を追っていたが、ふと気が着くと辺りには良い感じに伸びた芽をたくわえたタラの木があちこちにあるではないか。目がない私とプレスはついそれらに夢中になってしまったのだ。好きな方も多いと思うがタラの芽の天婦羅はこの時期たまらないごちそうだ。しかしこれだけのタラの芽が手つかずに残っているとは、ここには山菜の採集者も訪れないのだろうか。プレスと芽の摘み方などタラの芽談議に夢中になって、およそクワガタの事など忘れかけてしまっていたその時、「おったー」というN氏の声が山に響いたのだ。何、居た!プレスと私は声がした方に向かって林の中を夢中で走った。かなり離れてしまっていたので中々彼の姿が見えない。「Nさーん、何処ー」「何処に居るのー」「何いー」「オオクワなのー」叫びながら小枝をかき分け走った。と、先程までの鋭い表情とは打って変わって、笑みをうかべたN氏の姿がそこにあった。そしてその前にはなんとも素晴らしい台場クヌギが悠然と立っていた。中央に空いた大きな樹洞、周りは大量の樹液痕が黒々と残っている。そして樹洞の上にあるウロをN氏は指差しながら私にライトを手渡してくれた。高ぶる気持ちを抑えながらそっと近づき、マグライトを当てながらうろの中を覗いた。黒い甲虫が樹皮側にしがみついているのが見える、クワガタだとはなんとか認識できる。「オオクワ?」「そうだ、メス」ときっぱりと彼は答えた。プレスも覗くがはっきりとオオクワだとは確認できないようだ。「浅野さん取り出してください。」そういって採集兵器ことかき出し棒を手渡されたが、そんな、初めての私が、こんなに苦労してやっと見つけた虫を逃がしてしまったら申し訳ない。躊躇していると「大丈夫、そこならそれ以上奥には逃げられないから、ゆっくりと落ち着いて、是非取り出してください。」かくしてこの私が大役を引き受けることとなった。かき出し棒をうろの隙間にそっと差し込み、先端のL字部分を虫のお尻の方にあてがい突っ突いてみる、しかしなかなか動こうとしない。少し力を入れてみるががっちりとしがみついている。どうやらライトが眩しく警戒しているようだ。赤色ライトに切り替えて再度チャレンジ、すると彼女は自らスルスルと、促されたようにウロから這い出してついに樹皮の上にその姿を露にした・・・。つるりとした前胸、縦縞の入った上翅、そこには日頃飼育ケースで見慣れたあの虫、だが輝きと表現するか、ある種オーラのようなものを纏った、黒々と輝くまさにオオクワガタのメスの姿があったのだ。「うぉー、オオクワだー」思わず叫んでしまった。「でかい!」「やったー」「おめでとー」満面の笑みを浮かべたN氏と私は固い握手を交わした。あらためてN氏の凄さを実感した。この広大なエリアの中で居る場所を絞り込んでいく感覚、どんな分野の人でもそうだが、天性の優れた勘と言うものが備わった人が必ずいる。オオクワガタを探し出すとうい行為に於いて、やはり彼は並外れた天性の持ち主ではないだろうか。時間は5時半、山あいなのであたりは暗くなり始めてきている。そしてこの低気温、誰がこの状況下で、しかも初めて訪れたこの場所で、オオクワガタを樹液採集できるなんて信じられないのも無理からぬ状況だ。だが、彼はその研ぎすまされた感性と、必ず居ると言う信念、そしてこの時期でも暖かい日が続けば、必ず活動している個体が居るはずだと信じ切って、自分の培ってきた経験と勘からこの場所を探し出し、諦めずに熱い思いで探り続けた。そして、この奇跡のような素晴らしい結果をもたらしたのだ。雪深いこの地域、厳しい冬を乗り切って春の活動期を迎えた貴い彼女をプレスはそっと手のひらにのせた。計測してみると37mm、立派なワイルドだ。ウロから出てきたときはものすごくでかく感じ、40mmは超えているように見えた。それはきっとワイルドだけが持つ威厳がそうさせるのかも知れない。来て良かった。本当に、そして長年の私の思いは晴れて証明されたのだった。まさに感無量。この時はじめてオオクワガタが、私が幼少の頃夢中になっていた野生昆虫と同じ存在になった気がした。 | ||
この貴重な個体は私が預る事となった。彼女の身体をチェックした状況からも越冬成虫なのでおそらく交尾は済んでいるだろう。丹念にブリードさせて、この地域の個体がどんな姿なのか確認するのがとても楽しみだ。オス個体がどんな特徴を持っているのか、それを確認するために捕獲するという事もまた、今回の目的でもあったのだ。いつかまたここを訪れ今度は自分で出来ればオス個体を発見してみたい。この日、樹液採集の素晴らしさを最高のかたちで実感させてもらった。また、昨今のオオクワガタを取り巻く環境を考えると、この場所、そしてこの個体はとても貴重なものだと思う。そして厳しい環境の中を生き抜いて、私たちの前に姿を表わしてくれた彼女に敬意を表して、この夏、彼女の子供達を授かったあと、秋口にはこの場所に還して、生まれ故郷での暮しを全うして欲しいと思っている。 | ||
完 |